足位置1cmの微妙な違いがボルダリングでどれだけ影響するのか?計算結果と意外な事実を明らかに
ボルダリング力学シリーズでは、ボルダリングにおいて「こうするとよい」と言われている常識や、感覚的に見つかっているコツを、力学的に分析していきます。
はたして、これまでの常識や感覚がどれくらい正しいのか?力学的計算により、検証していきます。
こんにちは、ボルダリング愛好家の皆さん!今回は、登っている時に体が壁から離れてしまって落ちる経験をしたことはありませんか?そんな瞬間に影響を与える要素を、力学的に検証してみることにしました。
今回のテーマは、「壁から離される力」です。
この力は、足の踏み位置によってどれくらい変化するのでしょうか?
今回の検証では、「壁から離される力」をより具体的に理解するため、スラブ(※)と呼ばれる壁に焦点を当てて調査しました。まずは、スラブの攻略のコツとしてよく言われるポイントを振り返ってみましょう。
※スラブとは、壁の奥側に傾いている壁です。簡単に言うと、非常に急な登り坂の壁です。
1.テクニックの常識を振り返る
一般的なテクニックや常識についての紹介と従来の感覚を整理します。
まずはスラブのテクニックについて振り返りましょう。
一般的に以下のようなテクニックが挙げられます。
・壁から離れた位置を踏む
・つま先でホールド乗る
・頭と手でバランスをとる
・重心の位置を意識する
・体重は軽い方が有利
・ホールド形状を観察して踏む位置を決める
・設置面積を広くして踏む
・体重移動をスムーズに行う
・柔軟性が高い方が有利
・かかとを下げると滑りにくい
この中で特に、「壁から体が離される」ことに関係していると考えられる「足の踏み位置」を注目して検証していきます。
踏み位置でどれくらい違いがあるのでしょうか?
2.力学的計算と計算結果の分析
力学の原理を応用してボルダリングにおける身体の動きや力の働きを計算し、その結果を詳細に分析します。
感覚による予想
まずは、簡単な図を用いて結果を予想します。足の踏み位置を3パターンを考えてみます。
感覚的には、「壁から離れた位置を踏む」と、「体が壁から離されにくい」ような感じがします。
この感覚と計算結果が合致するかを確認します。また、踏み位置が1cmずれると力にどの程度の変化が生じるのかも計算していきます。
力学的計算
計算のために簡易モデルを用います。壁にもたれている人間を棒に見立てて簡略化します。
ただし、滑りを考慮すると複雑化するため、このモデルでは足元は滑らないものと仮定します。
「踏み位置(壁からの距離)」と「もたれかかる力」の関係を計算します。
計算に用いる記号と式は以下の通りです。
F[g]:壁からの反力(もたれかかる力)
X[cm]:壁からの距離
θ[°]:壁の角度
H[cm]:身長
M[kg]:体重
r[-]:重心位置の係数
(例:H=165cm、r=0.55であれば、
直立状態の人の重心の高さ=rH=91cm)
Fを求める式は、こちらになります。
F= rMX / (H-cos(180-θ))
計算結果の分析
計算式に、具体的な値を入れて分析します。
H、M、rは、日本人成人男女の平均値を採用し、H=165cm、M=55kg、r=0.55 とし、
壁の角度は、θ=85°(スラブ)としました。
この条件での、壁からの距離Xを0~15cmまで変化させたときの、Fの値をまとめた表が以下です。
Fは壁から受ける力(体重をかけられる力)なので、Fが大きいほど、体が離されにくいと言えます。
分析結果
・足位置が壁から離れるほど、体が壁から離されにくい。
・1cm壁から離れるごとに、体の離されにくさは183gずつ上がる。 参考:iPhone14の重さは172g
・足位置が壁から15cmの時、0cmより2倍、体が離されにくい。 参考:iPhone14の長さは14.7cm
3.常識の検証と新たな発見
力学的計算による結果をもとに、従来の感覚や常識の有効性を検証し、新たな発見を明らかにします。
計算から、これまでの常識「壁から離れた位置を踏む」は、正しそうだと言えます。
より詳しい言い方をすると、「体が壁から離れるのを防ぐには、壁から離れた位置を踏むとよい」ということが言えるでしょう。
また、1cm踏み位置を変えるだけで、壁から離れる力が183g変化することがわかりました。これは、スマートフォン1台分の重さに相当します。この差は小さいように感じるかもしれませんが、シビアな課題やコンペでは、このわずかな差が順位を分けることもあります。
また、シビアではない課題でも、体の離れにくさを上げることで、手への力の負担を減らし、完登する可能性を高めることができます。
踏み位置を意識的に変えるだけで、省エネな登り方ができるのは魅力的ですね。初級者から上級者まで、ぜひ実践してみてください。
4.実践との比較
実際のクライミングでは、計算だけではわからないこともあります。
計算結果を実際のボルダリングの実践と比較し、どのような違いがあるかを探求します。
具体的な例や場面に焦点を当てながら、計算結果と実践の相互関係について考察します。
「体が壁から離れるのを防ぐには、壁から離れた位置を踏むとよい」というコツを実践してみました。しかし、いつでも通用するわけではありませんでした。
実際の登りで通用するケースと通用しないケースを比較してみましょう。
通用するホールド
「ホールドが厚い」、「ホールド面が水平に近い」という両方の条件がそろった時、壁から離れた位置を踏むことで、体が壁にしっかりともたれかかることができ、手の負担が大幅に減ることを感じられました。低グレード課題、ノーハンド課題、マントル返し課題、ダイナミック系課題など、この条件を満たしていること多い課題では意識すると良さそうです。
通用しないホールド
「ホールドが薄い」場合は、壁から離れた位置を踏むことが難しく、うまくいきません。
滑らないことだけを意識して足の位置を決めるのがよさそうです。
「ホールド面に傾斜がある、または丸みのある形状」といったホールドでは、計算では無視した滑りの影響が出てしまい、壁から離されて落ちる以前に、滑って落ちることがあります。
滑りを考慮すると、必ずしも壁から遠い位置が有利であるとは言えないようです。
ホールドの形状や滑りについては、より精密な計算が必要になるかもしれません。
5.考察と次回の検証内容の紹介
前述の計算結果や実践との比較から得られた洞察に基づき、考察を行い、次回の検証内容を紹介します。
計算と実践から導き出された結論として、
「スラブで体が壁から離れるのを防ぐには、滑らない範囲内で、壁から最も離れた位置を踏むとよい」と言えるでしょう。
今回の計算で初めてわかることもありましたし、計算だけではわからないこともありました。
今回は身長、体重、重心位置、壁の角度などのパラメーターを1つに絞った時の結果を紹介しましたが、次回はこれらのパラメーターを変えてさまざまな条件で検討していきます。
例えば、日本人成人男女の平均値であるH=165cm、M=55kg、r=0.55を採用した今回の結果は、すべての読者に当てはまるわけではありません。次回は、色々な身長や体重の場合、さらに壁の角度を変えた場合の検証結果を紹介し、より多くの方に役立つ情報を提供していきます。
身長が低いか高いか、体重が重いか軽いか、どっちが有利なのでしょうか?
次回の記事では、「壁から離される力の秘密!ボルダリングテクニックを解明②―身長と体重がボルダリングに与える影響とは?計算から導き出されたスラブの新常識!:真実に迫る検証レポート」と題して、新たな検証内容をお届けします。ボルダリング愛好者の皆さん、今回の記事が役立つことを願っています。次回もお楽しみにしてくださいね!
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